金融の量的緩和政策
2001年3月の政策決定会合で決定された日銀の新しい政策を指す。日銀の当座預金残高を1兆円増やして5兆円になるよう金融調節を実施し、デフレが終了するまで継続されることになった。金利重視政策からさらに一歩踏み込んだ政策とみられている。
関連
背景
金融政策は、そのほとんどの場合、金利(とくに短期金利)を目標に実施される。しかし、幾度かマネーサプライを目標にしたことがある。最も有名な例は、1970年代末期から1980年代初めにかけてFRBが行なった新金融調節方式である。このときの目的はマネーサプライの伸びを抑制しインフレーションを撲滅することであった。このため、目標にされなくなった金利は急上昇し、インフレ率は低下した。
日銀による量的金融緩和はその逆で、マネーサプライの伸びを促進しデフレを撲滅することが目的であった。この政策はインフレ抑制の場合と違い金利がゼロ以下にならない制約があるため効果発揮への期待が薄かった。さらに、すでに金利はゼロ近くに張り付いている上にデフレが進行しているため実質金利は高止まりしており、金融政策の打つ手はこれ以上考えられなかった。
副作用すらはっきりしていない、この政策を実施せざるを得なくなったのは前年の政策ミスが背景にあった。
2000年8月、日銀は日本経済の見通しが明るいとしてゼロ金利政策を解除した。金利機能を取り戻したいと言う日銀たっての希望の下での決定であったが、2000年秋からITバブル崩壊後の厳しい設備投資後退で景況は急速に悪化していった。このため、早くも半年後に政策転換を余儀なくされる結果となった。政府などからは、日銀の政策錯誤への責任を問う声が上がり、独立性を侵害されかねない状況となった。ゼロ金利政策に戻ると言うだけでは済まないという判断から、より強力な姿勢を表すと目された量的金融緩和が実施されることとなった。
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