メキシコ債務危機

1980年代初頭にメキシコで起きた経済危機を指す。世界的な石油余剰と原油価格の下落により、メキシコの対外債務が急増、資金の海外流出が止まらず外貨準備高は激減、ペソが急落したことが原因である。これによりメキシコ政府は、@ペソの切り下げ(1982年2月と6月)、A外為市場の閉鎖と対外送金の禁止(8月12日)、B先進国銀行に対する債務返済の猶予要請(20日)、C民間銀行の国有化と為替管理の導入(9月1日)、といった政策を実行した。メキシコの破綻は途上国全体に波及し、さらには先進国(特にアメリカ)の銀行の破綻につながり、国際金融恐慌を引き起こす可能性があった。そのため、アメリカは短期間で救済策を決定し、BISの緊急融資18.5億ドル、IMFの融資39億ドルが決まった。



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第二次世界大戦の後はメキシコは順調な経済成長を見せ、政権も制度的革命党政権によって民主主義が維持され、1968年にはメキシコオリンピックを開催している。しかし1982年には1,000億ドルを超える累積債務問題が表面化し、メキシコの国民経済は危機に直面する。1986年にはデ・ラ・マドリ政権が経済自由化を推進し、経済状況が改善された。続く、サリナス政権でも石油価格の上昇が産油国メキシコの追い風となり経済は堅調を維持した。1992年にはアメリカ合衆国とカナダと北米自由貿易協定(NAFTA)を締結。さらに1996年には中米自由貿易圏の設立の運びとなった。

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